2016年11月22日

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順天堂誘致に向けたこれまでの経緯(概要)平成28年11月16日付「千葉日報」一面及び翌日11月17日付読売新聞・朝日新聞各紙朝刊にて「順天堂大学の誘致」に関する記事が掲載されました。弊社に対し、多くの問合せを頂いている為この際現状に至った経緯について、事実関係を市民・住民の皆様にお伝えし、正確なご理解を頂くことと致しました。


先ず弊社は、佐倉市を発祥の地とする順天堂大学より175周年記念事業としてスポーツ健康科学部の拡充構想に則り、ユーカリが丘駅前に新キャンパス新設の強い要請を受け、順天堂大学を核とする教育・文化及び商業・業務の複合的かつ高度な都市機能が立地することは、人口減少問題から消滅可能性都市のリスクを抱える佐倉市全体の在り方として極めて有意義なことであると認識し、順天堂大学に対する校地の提供を前提として、平成17年以降10年余りにわたり佐倉市との協議を重ねて参りました。当該プロジェクトの実現にあたりましては、土地区画整理事業によって基盤整備を行うと共に、順天堂大学の将来構想を踏まえ用途地域等の都市計画を変更してより大きな波及効果をもたらすことが必要と考え、佐倉市からの各種指導・要望に従い忠実かつ確実に実行して参りました。


しかしながら佐倉市は、協議を要請する書類を様々な理由をつけて実質計5年間放置状態においており、平成22年8月20日に「佐倉市土地区画整理事業事前相談書」を提出してようやく協議のテーブルはできたものの、協議はその後も難航し本件の協議を複雑にし、かつ急遽佐倉市が新たに市長裁量権限の大きい「都市計画提案制度」を導入し、従わざるを得ない都市計画提案書の提出にこぎ着けたのは、当初の協議から10年以上の歳月を経た平成28年2月4日となりました。


そのような中にあって、先般7月29日付けで佐倉市から受領した依頼書は、順天堂からの資料の徴求依頼や交通量調査等、従来とその内容に変化は無く、誠に遺憾なものでした。

 

 

「こうほう佐倉」では語られていない真実

佐倉市はかねてより「こうほう佐倉」の紙面を利用し、「透明性の高い公正で開かれた市政へ~順天堂大学の誘致について~」と題して(平成27年7月15日(その1))そのタイトルとは違って事実を隠蔽し佐倉市に都合の良い一方的な見解を全市民に伝えてきました。

平成28年10月1日号は(その6)となりましたが、既に提出済みであるにも拘わらず「順天堂大学から書類が出ないので進められない」といった従来の見解とほぼ同じ内容の繰り返しに終始し、進捗の無い責任を土地区画整理組合設立準備会と順天堂大学に一方的に転嫁するものであります。


例えば、平成25年11月に順天堂は、早急なる結論に向けて佐倉市・市議会・山万・順天堂による四社協議を要請したのに対し、翌12月には四者協議は適当でない、市と順天堂による二者協議で進める旨、市は回答しています。にもかかわらず、土地区画管理組合準備会に順天堂資料を要求しているのです。

また平成26年9月29日に順天堂大学の考えた地域貢献方針を提出されていたにも係わらず、順天堂大学の新設による地域貢献内容が明らかでないので効果の算定ができないと言い、更に佐倉市は前回市長選挙が間近になった平成27年3月18日に国土交通省関東地方整備局に既に順天堂大学より提出されていた資料を持って補助金協議を行っていた事実があるにも係わらず、順天堂大学が資料を提出しないので協議が進まないとその理由を説明してきました。

要するに一貫して、出せる結論を敢えて引延ばし先送りしてきました。

もはや、「順天堂大学の誘致」ではなく、「順天堂大学の放置」になっているのです。

 

断腸の思いでの取り下げ

もとよりこのプロジェクトの重要性の認識及び実現への熱意につきましては、いささかも変わりはありませんが、ことここに至っては10年を経ても土地区画整理組合の設立の認可すらも得られず、協議の度に時点修正を要求されるだけで、進まぬ都市計画提案は「誘致」とは名ばかりで「順天堂大学をユーカリが丘に誘致しない」という結論有りきの協議で有る以上、取り下げもやむを得ないとの結論に至り、順天堂大学と協議の上、平成28年10月24日付にて、(仮称)佐倉市ユーカリが丘駅北土地区画整理事業に係る都市計画提案の取下げ及び土地区画整理組合の設立認可申請に係る事前協議の取下げをしたものであります。

裏面にその経緯と共に理由を申し上げます。

 

順天堂誘致に向けたこれまでの経緯(概要)
平成17年10月~平成28年10月

平成17年10月

順天堂小川秀興理事長と佐倉市渡貫博孝市長及び山万嶋田哲夫社長が懇談。席上渡貫市長、嶋田社長から「佐倉回帰」を打診したのに対し、小川理事長より「佐倉市が順天堂の佐倉回帰を望むのであれば、万難を排しても受け入れたい」と快諾。

平成18年

渡貫前市長と山万・嶋田社長が、順天堂小川理事長を訪問し、順天堂大学の佐倉進出の具体的検討を開始。順天堂の現地視察に際し、佐倉市及び山万にて、キャンパス及びグラウンド候補地としてユーカリが丘北口駅前・現西部自然公園を案内。佐倉市と山万とで誘致に当たっての市の上位計画との整合性について協議継続。

平成19年6月

現市長就任直後、順大誘致について経過・経緯について説明するが現市政での誘致を拒否。(順大誘致に向けて土地区画整理事業への取り組み等につき、市に対してテーブルに付いて頂くよう要請するも、おおよそ3年間、実質的に放置される。)

平成22年8月

「佐倉市土地区画整理事業事前提案書」の提出。(実質的な協議は進捗せず)

平成24年5月

順天堂大学スポーツ健康科学部島内副学部長(当時、後に学部長就任)が大学代表者としてユーカリが丘キャンパス構想に基づき市長宛に支援を要請―実質的協議テーブルの出発点。

平成24年7月

市長が順天堂理事長と面談。理事長は市長から5月の支援要請に対し回答あるものと思い面談したが、ユーカリが丘キャンパス構想には一切触れることなく、その後も市から積極的な交渉もない。

平成24年12月

佐倉市議会は市長の順大誘致に踏み込まない姿勢に対し、誘致実現の議会意向を明らかにするため「意見書」を採択。

平成25年8月

順大誘致の新キャンパス建設予定地に関わる「ユーカリが丘駅北土地区画整理事業について」の住民説明会にあたり、順天堂から新キャンパス計画の打診はないとする市長名での公文書がユーカリが丘3丁目自治会長宛に出される。前述の通り既に順大サイドからは意向が示されていたにも拘らず、そういった公文書が出されていることを知らされていない説明者(山万)サイドによる順大誘致に向けた計画はデッチ上げと断定され説明会が紛糾。情報操作によって住民との間で長く混乱をきたした。

平成25年8月30日

市はこの順天堂大学誘致問題に対する都市計画変更手続きにあたり、市長裁量の幅の大きい「都市計画提案制度」を急遽採用することとし、平成25年8月30日施行した。従来は存在しなかった手続きであったため、順大誘致に向けた行政手続は複雑かつ長期化することとなる。

平成25年11月

佐倉市長の不透明かつ曖昧な態度に業を煮やす順天堂は、理事長名で市長宛公文書を発信。事業概要等具体的な条件を提示。同時に、四者協議(市・市議会・順天堂・山万)の開催を要請し、早急なる結論を要望した。

平成25年12月

佐倉市長名で順天堂理事長宛てに、「四者協議は適当ではない」としたうえで、市・順天堂による二者協議とする旨の文書回答があった。

平成26年4月

順天堂175周年記念式典が天皇・皇后両陛下ご臨席の下開催される。信頼関係醸成のため、順天堂開祖の地・佐倉市長がVIP扱いにて招待された。

平成26年9月

順天堂よりユーカリが丘キャンパス新設に伴う地域貢献のあり方及び佐倉市に対する経済的貢献について提示。市の判断材料として追加提出したものであり、市が検討するに足る図面・資料はすべて提出された。

平成26年12月

順天堂サイドの学生増員計画の受け皿として間に合うかの確認の為、佐倉市担当部局と協議。8ヶ月間で都市計画変更手続きを完了する旨確認。

平成27年1月

佐倉市が千葉銀総研に委託発注した大学誘致に伴う経済波及効果を発表。平成25年11月に順天堂から提示されたキャンパスオープン条件から発生する経済効果は、建設時に64億8,300万円、毎年21億1,000万円等の経済波及効果があるとした。

平成27年1月

佐倉商工会議所賀詞交歓会席上で、市長から「順天堂大学を誘致する」と表明があったが(その後ユーカリが丘商連の新年会にて発言そのものを否定)、順天堂との協議の事実もなく、既に提出済みであるにも関わらず、相変わらず「関係書類」が未提出のため検討できないと言い続けている。

平成27年1~2月

順天堂は、構想実現及び学生増員計画のためのスケジュールから早急に話を詰める必要もあり、関係書類未提出という佐倉市の理解不可能な要請にも応えるべく、順天堂から再三に亘って面談の上詳細の協議開催を求めるも、すべて面談拒否。

平成27年1月

順天堂から佐倉市に対し、2月末日を期限とする誘致に関する回答を要請するも、佐倉市からの連絡は一切なし。

平成27年3月25日

3月20日に実施された部長レベルの順天堂訪問による面談の内容を「順天堂と協議し合意した」と全く偽りのプレスリリースを佐倉市が発信。順天堂の制止を無視した市のやり方に、順天堂と市の信頼関係は崩壊。

平成27年4月

市民には「市長の本音は順大を誘致しない」との認識が深まる中、後援会広報で「誘致の方向既に決めた」と公約。市長選挙対策で急遽方針を変更したと噂された。

平成27年7月

順天堂は選挙期間中に市長が誘致を実現すると市民に訴えたことを受け理事長が面談に応じたが、市内に良い場所が他にもあると校地として不適当な西志津多目的広場を紹介した。

平成27年7月~平成28年10月

市長3選後、1年半が過ぎたが全く進展を見せず、これまで一連の市の対応も、誰もが信じるであろう市の「こうほう佐倉」を利用し事実関係を隠蔽しながら市の一方的な都合の良い内容の報告を繰り返している。(7月15日号~10月1日号に至る迄計6回)

平成28年2月

市の「都市計画提案制度」に則った地元地域との協議も8回に及び、本年2月に完了したものの、一つが完了するとまた次の手続きを要求するといった佐倉市のやり方手法は、結論を先延ばしの為としか考えようのない姿勢である。

平成28年3月

佐倉市議会にて「順天堂大学の誘致に関する意見書」が二度目の採択となる。

平成28年4月

市長選後、某地域の市長会合で「順天堂大学はユーカリが丘には絶対に誘致しない」と公言したとの声も聞こえた。

平成28年7月

結論先延ばしする市のやり方に対し、それでも確実かつ忠実に誠意を持って対応してきたが、市は、資料の提出・交通量調査等従前と同様の要求が繰り返された。

 

こうした経緯を踏まえ、「誘致」とは名ばかりで「順天堂大学をユーカリが丘に誘致しない」という結論ありきの市の姿勢は、もはや「誘致」ではなく「放置」であると認識せざるを得ません。順天堂大学は予定通り本年3月に文科省に入学定員増員の申請を提出し来年4月には入学が予定されています。

地方創生や地域の活性化に向けて、全国各地で鎬を削る計画が示されている中、オリンピック選手を多数輩出している順天堂大学を誘致する為の判断は時機を得た判断でなければ、全ては画餅に帰すことになってしまいます。
土地区画整理組合準備会として10年を経て未だに結論を出さない堂々巡りの協議を現在の佐倉市と継続することは全くもって無意味という結論に至り、順天堂大学との協議の上、弊社としても平成28年10月24日付けにて、申請を取り下げることと致しました。

なお、平成28年11月16日付「千葉日報」一面にて「順天堂大進出が白紙」との見出しで記事が掲載されましたが、土地区画整理組合準備会・弊社山万・順天堂大学それぞれは、「白紙」との認識は全く持っておりません。またユーカリが丘における順大キャンパス誘致実現に向けた重要性の認識と熱意は全く変わるものでは無い事も順天堂大学・山万共に確認済である事を改めてご報告いたします。